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2016年05月26日

酒井高徳が新天地で実感した“変化”…そして、取り戻したサッカーへの情熱と自信

Hamburger SV
ハンブルガーSV
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移籍決断の理由は選手それぞれだ。昨夏、慣れ親しんだシュトゥットガルトから新天地を求めたDF酒井高徳にとっては、失ったものを取り戻すための選択だった。


ターニングポイントは今を遡ること約1年、0-4で敗れたレヴァークーゼン戦(2015年3月13日)。チームが4失点目を喫した直後に酒井は交代を命じられた。それ以降、シュトゥットガルトでピッチに立つチャンスが巡ってくることはなかった。


「正直、サッカーが全く楽しくなかった」


違和感を感じ始めたのはその頃だ。残留争いをしていたシュトゥットガルトは自然と「勝つためのサッカー」ではなく、「負けないためのサッカー」をするようになっていた。チーム内での競争意識は低下し、常にプレッシャーだけが重くのしかかる。「また試合だ」というネガティブな気持ちが膨れ上がるのを感じずにはいられなかった。「自分自身もチームもすごく奥手になるんですよ。負けないためには、点を取られないこと。点を取られないためには、引いた守備をする。受け身のサッカーが、僕のプレースタイルと異なってしまった。サッカーをやっている時の楽しみ、試合に出ている時の楽しみが段々となくなってきて、マンネリ化していました」。


自分を変えたい――。気持ちに嘘をつくことはできなかった。ハンブルガーSVからオファーが来た時、酒井にはシュトゥットガルト残留の選択肢もあったという。「ちょうど試合に出られなくなった時期だったので、結果的には逃げたように見えたかもしれません。契約も残っていましたし、もう1年しっかりと活躍をしてからチームを出て行きたいという考えもありました」。ハンブルガーSVは2年連続でプレーオフの末に辛うじて残留したチーム。新天地でも残留争いを強いられる可能性はあったが、酒井は葛藤の末にマンネリからの脱却を決意する。「もう一度、新しい環境で、新しい刺激を与えたい」と。


恩師との再会もまた、決断を後押しした。かつてシュトゥットガルトでともに戦ったブルーノ・ラッバディア監督は、酒井いわく、「自分だけでなく、チームにもサッカーにも厳しく生きているストイックな人物」。そんな指導者の下に身を置くことで、一切の甘えを排除しようとした。「練習からピリッとした緊張感を持ったトレーニングをする必要があると思っていた。自分にプレッシャーをかけながらどれだけ練習ができるか。そう考えた時に、彼がいるところでやりたいと思った」。環境を変えるには最高のタイミングで舞い込んだ移籍話。自分を変えるなら「ここしかない」と覚悟を決めた。


心機一転、再スタートを切った2015-16シーズン。酒井はすぐに結果を残せたわけではなかった。リーグ戦出場の機会が巡ってきたのは、2015年10月3日のブンデスリーガ第8節ヘルタ・ベルリン戦で、初めて先発の座をつかんだのは同11月7日の第12節ダルムシュタット戦。開幕から約3カ月間はポジションを奪うことができず、我慢の前半戦を過ごしたが、本人は「全くネガティブではなかった」と振り返る。酒井は焦ることなく、自分磨きを続けた。むしろ、久しぶりに味わう刺激を楽しんでいるかのようだった。


「そう簡単に新しい自分は手に入るものじゃない。じゃあ、何が必要なのか。ただ待っていればいいのではなく、自分のやるべきことをしっかりとやって、チャンスが来た時にモノにできるような環境をしっかりと整えておくことが、一番大事だと思っていました」


では、具体的にどう取り組んだのか。


「常に自分が楽しむことを考えました。そもそも自分の中で楽しいサッカーとは何なのか。まずは奥手になってしまったサッカーを変えるために、自分が楽しめるサッカーを『思いっ切り表現しよう』と意識しました」


端から見れば、試合に出られない“つらい時期”だろう。だが、新しい自分を探しながら試行錯誤する半年間で、酒井は薄れていた競争意識を刺激され、サッカー本来の楽しさと自信を徐々に取り戻しつつあった。意識改革だけではなく、自主練や体幹トレーニングにも積極的に取り組んだ。「もっと自分を良くしたい、もっとチームの中に入りたい、という成長への欲が出てきたんです。『ああ、こういうのを変化って言うんだな』とすごく実感しました」。そう語ると、酒井は無邪気な笑顔をこちらに向けた。


もはや彼のプレーに迷いはなかった。後半戦からスタメンの座を確保すると、より一層メンタル面をポジティブに維持しようと務めた。試合中はミスを引きずることなく、自分のいいプレーだけに目を向ける。それによって、大胆にクロスを上げることができる。ドリブルで仕掛けることもできる。勢いに乗ったプレーは、チームに攻撃のリズムを生み出した。「自信を持った時にはしっかりと顔が上がって、ここだと決断ができる。プレーに迷いがなくなるんです」。移籍後にプレーが劇的に向上したわけではない。「今のプレーは良かった」と自分に言い聞かせながら深めていった自信がプレーに現れ、ついにはラッバディア監督からの信頼を再び勝ち得たのだ。


もちろん、課題と向き合う姿勢も忘れなかった。試合後は何度も自分のプレーを見返し、細かい部分のクオリティを上げる作業を徹底した。「自分に自信を持てた。だから、試合中のミスが全く気にならなくなりました。それが、自分の中で一番変化したこと」。そう胸を張って言える。だからこそ、リーグ戦34試合中22試合の出場に留まりながらも、「狙いを持って移籍をして、狙い通りに終えられた」シーズンだったと自らに及第点を与えた。


まだ25歳。「この歳になると大きな成長はない」と本人は謙虚に言うが、伸びしろは十分に残されている。「チームが10位で終われたのは、すごくいいステップアップになったと思います。来シーズンは、もう一つ階段を上がれるような年にしたいですし、そこに貢献にしたい」。取り戻したサッカーへの情熱と確かな自信を胸に、酒井高徳の挑戦は続く。


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