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2016年04月23日

マッツ・フメルスとバイエルン

FC Bayern München
バイエルン・ミュンヘン
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13年間を過ごし、全てのユース時代をバイエルンで経験したマッツ・フメルス。


2007年には「ミス・バイエルン・ミュンヘン」に輝いた、ミュンヘン出身の現在の妻とここで知り合い、同年5月に行われた最終節でトップチームデビュー。だがこの38分間が、フメルスがブンデスの舞台で、バイエルンのユニフォームを着てプレーした唯一の試合となった。


当時のバイエルンのCBでは、マーティン・デミチェリスとルシオが君臨。さらに2007年12月に、移籍金約1200万ユーロでブレーノを獲得したことが「引き金」となり、フメルスは新天地を模索したことを、本人も認めている。


そこで関心を示したのが、当時ラングニック監督が率いていたホッフェンハイムだった。しかしフメルスは2008年のはじめ、当時10位のボルシア・ドルトムントへの移籍を決断する。


2008年にフメルスは「マルクス・バベルのような可能性を見逃せない」とコメント。同氏はハンブルクでのレンタル期間を経て、主力としてバイエルン復帰を果たした。


実際「移籍は辛かった」と振り返った同選手だが、飛躍を夢見てミュンヘンから飛び出し、そこでブンデス12試合に出場、U21でも目立つ活躍を披露。


一方で契約を2010年まで残すバイエルンは、2009年夏までのレンタルで実戦経験を積んだ後に、再びバイエルンへと戻って来る予定を立てており、2008年8月にウリ・ヘーネス氏は「かなりの高確率で、フメルスは来季バイエルンにいる」と発言、だがそれが実現することは結局なかった。


2008/09シーズンに度重なる負傷に泣かされたフメルスは、2009年から監督に就任したユルゲン・クリンスマン監督の構想から外れ、チーム内ではフメルスの売却に不満の声も挙がったものの、400万ユーロでドルトムントへ完全移籍。そしてフメルスはほどなくして、ドルトムントの主力にまで飛躍を果たしている。


すぐにその過ちに気づいたバイエルンは、決してフメルスとのつながりを途切れさせることはなく、ミュンヘンへの帰還についてフメルス自身も否定することはなかった。13年過ごした古巣を、そう簡単に忘れられるものではなかったのだ。


当時フメルスは「移籍するまではバイエルンのファンだった。あそこでプレーすることが夢だったよ」と話しており、2010年8月には「スポーツ選手というのは基本的に、自分ができなかったことを挑戦したいと思うもの。バイエルンから問い合わせがあれば、それは真剣に考えることになる」とコメント。


そして2012/13シーズン、例外条項を有していたバイエルンは、フメルス復帰を画策することになる。


しかしリーグ優勝連覇を成し遂げていたドイツ代表CBは、この誘いに断りを入れ、ドルトムントと2017年までの契約を締結。現在へと至っているのだ。


だがそれでもバイエルンはフメルスへ関心を持ち続け、これまで絶えず復帰の噂が挙がってきた。


果たしてバイエルンは過去の過ちから、取り返することができるのだろうか。

 


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