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2019年05月01日

南アW杯で分かれた明暗:レネ・アドラーが波乱万丈のサッカー人生に幕

Germany
.ドイツ代表
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 レネ・アドラーが、現役生活にピリオドを打つ決断を下した。「もう自分の体に自身をもてなくなったんだ。だからこうこれ以上、意味はないと思う。引退することにするよ」と、ドイツの雑誌シュターンとのインタビューで明かしている。

 34才で迎えた今シーズン、元ドイツ代表GKは1.FSVマインツでの練習中に、軟骨を損傷して長期離脱を余儀なくされており、2017年にハンブルガーSVから加入するも、それ以降の出場試合数は度重なる負傷の影響で、リーグ戦14試合のみとなっていた。

 ただ若き新守護神フロリアン・ミュラーはじめ、ロビン・ツェントナー、フィン・ダーメンら、若手有望株のGKたちにとってはその存在感は大きく、「あのレネ・アドラーと一緒に過ごすことができるなんて、ほのつにクールなことだ。サッカーにかける情熱、練習へのハードな取り組みなど、学ぶことは山ほどある」と、ツェントナー自身がコメント。さらにミュラーも、アドラーがもつ豊富な経験から得られる貴重な助言に対して賛辞をおくっている。

 だがそのアドラーが積み重ねてきた経験は、まさに波乱万丈のサッカー人生から得てきたものだった。カーン、レーマンと引き継がれてきたドイツ代表正GKの系譜を受け継ぐ若手として、大きな期待をもって2010年の南アフリカワールドカップに新守護神として出場するはずだったアドラー。

 前哨戦となる2009年10月10日に行われたロシア代表戦にて、同選手は敵地で貴重な1−0での勝利に大きく貢献する活躍もみせていたものの、ブンデスリーガ第31節のVfBシュトゥットガルト戦にて肋骨を負傷。第33節には保護を装着してプレーしたが負傷は悪化し、最終的には手術を余儀なくされW杯出場の夢は絶たれた。

 そしてその代わりに出場したのが、当時シャルケにてプレーしていたマヌエル・ノイアーである。このワールドカップを境で明暗を分けた2人のゴールキーパーは、ノイアーがその後バイエルンへ移籍しドイツ代表主将も務めるも、一方のアドラーはそれ以降の負傷に泣かされ続けてレヴァークーゼンからハンブルク、そしてマインツへと移籍。

 タイトル争いにも、ドイツ代表からも遠ざかっていく結果となり、ドイツ代表としては2008年から2013年までに12試合に出場。レヴァークーゼンでは2000〜12年までにリーグ戦138試合に出場し、ハンブルクでは2012〜17までに年リーグ戦117試合に出場していた。
 


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