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2020年08月31日

名将ハインケス氏が10ヶ月前、フリック監督続行を嘆願した手紙

FC Bayern München
バイエルン・ミュンヘン
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 昨年11月よりハンジ・フリックACがバイエルン・ミュンヘンの暫定監督へと就任し、後任監督人事の噂が吹き荒れる中で12月はじめのレヴァークーゼン戦での敗戦直後、名将ユップ・ハインケス氏はkickerに対して、ハンジ・フリック監督続投に向けた「嘆願書」を執筆していた。あれから10ヶ月が経過し、リヴァプールを30年ぶりにリーグ優勝へ導いたクロップ監督を抑えて、ドイツ年間最優秀監督賞を受賞した今だからこそ、このメッセージを敢えて振り返ってみよう。

「ハンジ・フリック監督のための嘆願書」

執筆:ユップ・ハインケス

 非常に サッカーファン、そしてバイエルン・ミュンヘンのファンたちは、監督交代後から全く異なる戦いぶりをみせている、バイエルンの選手たちをみて驚きを覚えていることだろう。私の目からみてこの変化は、ハンジ・フリック監督という人物に大きく寄与するものだと見ている。彼のことはチームの内外から、私は見てきた。1980年代に3年間に渡って、バイエルンの監督だった私は彼を選手として指導しており、彼はこのクラブにおける非常に厳しいメンタリティという部分についても精通している。そしてプロサッカー界というエキサイティングなビジネスシーンにおいて、この目まぐるしい時代の中で、彼が悠然と自らを構え過ごしている姿が見られると、その自信に満ちた様子が彼のチーム全体へと伝達していくものだ。

 ハンジが非常に短期間のうちの成功を収めた背景として、チームを見事に取りまとめてみせたことが挙げられれるだろう。すでに数多くの成功を収めてきた、バイエルンのDNAが刻まれている選手と、そして成功に対してハングリーな若い選手たちを組み合わせている。それはプレー面の見ならず、人間的な部分についても言えることだよ。彼がこれまでサッカーにおいて培ってきた、様々な立場から得てきた経験、そして何より彼自身の内面性により、選手たちと同じ立場に立って物事を考えることができている。彼がリーダーとなっているのは、その役割にあるからではない。そういう人物ゆえのことだ。全てのことが慌ただしく表面的となっている現代において、リーダーというものは自分自身をあまり重く見すぎず、むしろ信頼性と共感性というものを発揮していかなくてはならないもの。ハンジ・フリックはまさにそれを体現しており、コミュニケーションを育んでいく人物であり、彼は知的でクレバーだ。

 私はこういった人間的な要素というものは、どの企業においても、どのサッカーチームにおいても、社会の根幹にあたるものと考える。ただフィジカルだけを鍛えるのではなく、現代のサッカーにおいては頭、そして心も鍛えていかなくてはならないものだ。人は日々取り組んでいく中で、仕事仲間や周囲の人々に、敬意をもって接していかなくてはならない。

 1つの例として、ジネディーヌ・ジダン氏の名前を挙げよう。彼は押しも押されもせぬ世界最高のMFだったが、当初レアル・マドリードのセカンドチームのコーチを経て、トップチームへと昇格する際には批判的な声も挙がっていたものだ。しかしながら彼は非常に謙虚な人物であり、その天性のカリスマ性をもって、選手たちと対等な関係で向き合っていた。これこそが、偉大なコーチというものを作り上げていくものなのだ。

 当然ながらフリック氏とジダン氏を、選手時代で比較することなどできない。確かに彼は常にレギュラー選手だったというわけではなかった。だがまさにプロとしてトップクラスの振る舞いをみせており、非常に精力的に取り組み、守備的中盤において闘争心をもって戦っていた。その中でバックアップとしての辛い経験というものを今日で活かし、あくまで間接的にだが、当時のフェアな姿勢というものを選手たちへ伝えている。それは交代の際に選手たちの落ち着いた表情から見て取れるというものだよ。選手たち一人一人に対して、何が重要であるかということをしっかりと伝えている。今、バイエルンの選手たちが新監督に対し感謝を示していることを踏まえても、このような賛辞はまさに正当な評価に値するものだと思う。たとえスーパースターであっても、人間的な温かさが求められるものであり、そのためにはフリック監督が持っているような、高次元での共感力というものが必要となってくるのだ。

 指導者として彼は確かな専門知識を身に付けており、バイエルンのプレーをニュアンスで変え、そのサッカー哲学は現代的ものだ。ここ数年ポゼッションについてオウム返しのように繰り返し叫ばれることに、私は到底理解などできないがそれよりも、常にゴールを目指してボールを循環させていくことが大切なことであり、高速での切替えを行っていく、そのタイミングこそが全てなのだ。今のバイエルンではチームとしても個別にみても、そういった戦術的要素が見受けられる。どのゾーンでプレスを仕掛けていくのか?組織全体として前に向かっているのか?互いの距離間は合っているのか?今のバイエルンのプレーからは、非常に協調された、タイトな、高い位置でのプレスが見受けられており、加えて同質性、ダイナミズム、活力というものも見て取れる。これはフリック監督の手腕によるものだ。彼は明確に伝達し、明確なシステムを施してくれる。今まで埋もれてしまっていた支配力、対人戦での勇気、パスの正確さ、テンポの変化といった要素が、再び目にできるようになった。

 バイエルンのようなビッグクラブにおいて、監督を務めるということは決して生優しいものなどではない。そこでバイエルンの首脳陣は1つのクレバーな選択を下したと思う。冬季休暇までの同行を見守っていこうと。もちろんフリック監督の下でも敗北や不振に陥ることだってあるだろう。しかし一時的なところに目を向けるのではなく、むしろその監督のもつ基本的なノウハウ、その専門知識や人間力、サッカー哲学というところに目を向けるということ。このような側面を考慮した時、私にとってハンジ・フリック氏はバイエルン・ミュンヘンの監督にふさわしい人物であるということは明確だ。彼はコーチとしてまさに宝。このような才能というものはしっかりと評価され、そして推奨されていかなくてはならない。バイエルン・ミュンヘンは今、長期間に渡って一時代を形成していく、その絶好の機会を手にしている。

2019年12月初旬
 


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